大判例

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大阪地方裁判所 昭和26年(ワ)2127号 判決

原告 市川孝

被告 宇杉清

一、主  文

被告は原告に対し大阪市生野区杭全町八百番地上木造瓦葺二階建四戸建一棟東端の一戸の内階下表店の間(約六坪)及び二階表六畳一室を明渡し且つ昭和二十五年十月一日から右家屋明渡済に至るまで一ケ月金参百円の割合による金員を支払わねばならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は主文と同旨の判決(原告訴訟代理人が最初の口頭弁論期日において被告に対し階下十五坪全部の明渡を求める旨請求の趣旨を訂正する旨陳述したのは錯誤に因るものであつて当初より被告の引続き占有使用する階下部分の全部即ち表店の間の明渡を求める請求の趣旨を終始一貫して維持主張するものであることは弁論の全趣旨により原被告双方間に争のないところである。)を求め、其の請求の原因として、原告は昭和二十二年九月十五日被告に対し原告が所有し且つ使用する主文第一項掲記の家屋一戸の階下表店の間及び二階表六畳の間一室を賃貸借期間同日から昭和二十五年九月十五日までの三年と定め賃料は一ケ月金三百円毎月末日払の約定で賃貸した。しかるに、原告は家族数も多く右賃貸借契約の当時予定した自己使用の緊切な必要生じたので、昭和二十五年一月三十日被告に対し右家屋賃貸借契約の更新を拒絶する旨通知した。従つて、右家屋賃貸借契約は昭和二十五年九月十五日期間満了と共に終了したものであるのに被告は其の後再三の明渡請求にもかかわらず右家屋の一部を返還しない、よつて茲に被告に対し右賃貸借契約終了を原因として右家屋の階上階下一部の明渡を求め且つ右賃貸借終了後である昭和二十五年十月一日以降右家屋の明渡を受けるに至るまで被告の原状回復義務不履行により原告の被りつつある一カ月金三百円の割合による賃料相当の損害金の支払を求めるため本訴に及ぶと陳述し被告の抗弁事実を否認する。被告は現在大阪市生野区林寺町二丁目百三十五番地に住宅を有するものであつて原告は被告に対し本件家屋の明渡を請求するにつき正当事由を有するものであると附演した。<立証省略>

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め、答弁として、被告が原告主張の日其の主張の家屋一部を賃料一カ月金三百円毎月末日支払の約定で賃借したことは認めるけれども其の余の原告の主張事実を否認する。被告は原告の要求により当時における経済事情の下においては著しく多額の権利金二万円を交付し賃借期間の定めなく本件家屋を原告より賃借したもので、原告主張の期間三年は賃貸借存続の約定期間ではなくして賃料据置期間を双方に約定したものである。又被告は本件家屋で賃借当初より自転車修理を営業することにより生計を樹てつつあるもので、本件家屋を明渡すときは忽ち生活に困憊しなければならない。これに反し原告の家族数に比し其の住居に使用する畳数は決して狭隘でなく且つ家屋の東側に立派な出入口を有し原告等が現に地下室を使用しつつあることにより原告及び其の家族等の従事する職業に毫も不便支障がない。殊に原告が本件家屋の階上階下共に区劃を設け原被告の使用部分を区別し、原告において本件家屋に設備せる便所、炊事場を専用し被告の共用を排除しつつあつて外観内容共に各独立住宅の形態を有するものであるから原告において被告賃借部分の明渡を請求する正当事由を有しない。以上何れの理由によるも被告に対し本件家屋の明渡を求める原告の本訴請求は理由がないと陳述した。<立証省略>

三、理  由

被告が昭和二十二年九月十五日原告より原告所有にかかる原告主張の二階建家屋一戸の表店の間(約六坪)二階表六畳の間一室を賃料一カ月金三百円毎月末支払の約定で賃借したことは被告の自白するところであつて、右事実と成立に争がない甲第一号証によれば右家屋一部の賃貸借契約において賃貸人原告と賃借人被告との間に右家屋賃貸借存続期間を向う昭和二十五年九月十五日まで三ケ年と定める旨契約したことが認定できる。被告は原告の要求により権利金二万円を差入れ期間を定めないで賃借したものであつて右三年は賃料の据置期間で右賃貸借の存続期間を定めたものではないと抗弁するけれども、これに符合する証人桜田清、被告本人の各供述部分は証人池田勝一同市川かねの各証言と対比していづれもたやすく信用し難く他にこれを首肯すべき証拠がないから被告の右抗弁は採用できない。原告が昭和二十五年一月より同年三月までの間に屡々口頭で被告に対し右賃貸借更新を拒絶する旨告げ右期間満了後直ちに被告を相手方として家屋明渡の調停を申立て被告の右家屋使用に対し異議を述べて来たことは証人市川かねの証言及び原告本人訊問の結果によりこれを認めることができる。そこで原告においに右賃貸借の更新を拒絶するにつき正当事由を有するか否かにつき按ずるに、右甲一号証成立に争ない甲第三号証及び証人市川かね、同池田勝一の各証言及び原告被告各本人訊問の結果並びに検証の結果を綜合すれば、原告は元本件二階建家屋一戸に居住し表店の間を使用して材木販売業並び大工職に従事し戦後疎開先から帰宅して後従前の右営業に従事しようとしたが病弱のため長男繁通(当十七才)二男孝治(当十六才)の成人を期持し同人等が一人前の大工職に従事できるまでの期間右営業を廃して表の間を他人に賃貸することし、賃借人被告に対し右事情を告げて賃貸借存続期間を折衝した末双方間に右三年の賃貸借期間を約定したこと、原告は本件家屋一戸の階上六畳の間二室及び階下奥六畳の間一室を家族九人の住居に使用しているけれども自己及び長男二男の見習大工職に従事する作業場がないため地下室の利用を余儀なくされているが作業に不十分で且つ材木販売業を再開するためには予定通り表店の間を自から使用する必要あること及び被告は本件表の間を使用し自転車修理業を営み二階六畳一室を家族四人の住居に使用していたが右賃貸借期間経過後原告が便所の共同使用を拒んだので妻子三人が他に居住していることが認定できる。思うに賃貸人が自己の住居に使用する家屋の一部を他人に賃貸するに当り、将来賃貸部分を自から使用する必要の生ずる事情あることを告げて双方間に右家屋一部の賃貸借存続期間に取極めたとき、右期間満了前賃貸人側において、先きに賃借人に予告した自己使用の必要事情が発生した場合においては、賃借人側において右賃貸借当時賃貸人賃借人の双方が予見できなかつた右賃借家屋明渡を困難ならしめる別段の事情の生じない限り、敢えて右家屋の一部につき賃貸人賃借人の得喪による利害を比較衡量するまでもなく、賃貸人は賃借人に対し右家屋一部の賃貸借更新を拒絶できる正当事由を有するものと解するのを相当と認めるところ、被告側において右家屋賃貸借契約締結のときに比較して賃借期間満了当時において本件家屋を必要とする別段の事情或は事情の変更あることを認むべき証拠がなく、むしろ本件賃貸借期間満了後被告が店舗として本件家屋の一部を使用していることが叙上認定の通りであつて、被告の義父訴外桜田清が本件家屋附近で麻雀業を被告の実兄訴外宇杉勝治が本件家屋附近で自転車修理販売業を営んでいることが証人桜田清同宇杉勝治の各証言により窺知できる各事実にかんがみるときは、原告は被告に対し本件家屋賃貸借の更新を拒絶するにつき正当事由を有する場合に該当するものといわねばならない、従つて本件家屋賃貸借契約は昭和二十五年九月十五日限り賃貸借期間満了と共に終了し、被告は原告に対し現に占有する本件家屋の階上階下の各一部を返還し且つ右賃貸借終了後右家屋明渡返還済に至るまで原状回復義務不履行に因り原告に与えつつある右家屋一部の賃料に相当する損害金を支払うべき義務を負うものであることは勿論である。しかして検証の結果によれば、大阪市内における市街地街路に面する本件家屋の表店の間約六坪を其の位置建物の構造に副う用法に従い商業店舗として使用収益する賃借人が其の二階表六畳の間一室を自己又は従業員の住居に使用する場合の昭和二十五年九月以降における右家屋階上階下の一部の適正賃料は少くとも一カ月金三百円を下らないことが認定できる。果してそうであるならば被告は原告に対し本件家屋の階下表店の間全部及び二階表六畳一室を明渡し且つ前記賃貸借契約終了後である昭和二十五年十月一日から右家屋明渡済に至るまで一カ月金三百円の割合による賃料相当の損害金を支払うべき義務あることが自から明かであるから、原告の被告に対する本訴請求は正当としてこれを認容すべきものとし民事訴訟法第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判官 南新一)

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